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丹田呼吸法と石門 |
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丹田呼吸法と石門呼吸法の違いや効果、やり方のコツについて。 後天完成時代には唯一無二の道門である石門が開きます。また石門を通じて、天・地・人は分かれる前の元の一光に繋がります。したがって、人間は誰でも呼吸を通じて自らの光を明けで、その光に沿って十天霊界の完成界に入ることができます。 石門呼吸法は精・気・神の三修法で、呼吸で導入された気を受け容れる器としての下丹田を石門穴(ツボ)に据えて高次元の真気を生成させ運用する修錬法です。即ち、石門穴を下丹田の中心として、この丹田が精を気に、気を神に浄化・純化・昇華させる一連の過程を通じて神人合一を成すことを石門呼吸法と称します。 石門呼吸をすると、「精珠」である下丹田の如意珠に内在している究極的な造化力が覚醒して、心・身と精神を調和・相生・相合させて心・身の健康と安定を得ながら、進んでは霊的覚醒の次元を超えた光の本質的変化と上昇を成して、究極的な自身(自神)の根本の座である元神に至り、神人合一を成して人即天の境地に上れます。 石門呼吸をすると修錬者は深い内面の世界に入って、心身の安静と平和を得ると同時に高度の精神集中を通じて凡人には見えない気の世界と光の世界を体験する効果があります。目に見えない世界を体験することが出来る根幹は人間の体内に如意珠があるからです。 如意珠は目には見えない世界を旅行するが為の羅針盤であり媒介体で、人間には三つの如意珠があって、精珠は石門穴に気珠は玉堂穴、神珠は印堂穴にあります。 昔からこの如意珠があるところを丹田と称していますが、これら三つの如意珠(造化珠)を探すには、先ず精珠がある石門を探して開くことです。精珠を探す前に気珠と神珠を探すことは絶対に不可能で、必ず精珠→気珠→神珠の順に進めることです。それで、下丹田は特に重要な丹田で、通常的に丹田と言えば下丹田を指称します。 丹田は小宇宙である人間の中心で、下丹田がある石門穴に意識を集中すると如意珠は玄妙な光を発しながら、光の本質的な変化と上昇をするようになります。 宇宙森羅万象(天・地・人)には数多い門が存在していますが、その内でも根源に通じる門があり、この門が石門であり、唯一無二の道門です。 石門を開くにはただ呼吸だけあります。呼吸は石門を開く唯一の方法です。これは石門呼吸をすることに依ってこそ如意珠を探すことが出来るとの意味です。石門呼吸は如意珠の造化力を醒ませ、根源的な生命の光である精・気・神を造化・変化させることが出来ます。こうして究極的には光の世界である道光霊力の世界に入れます。 石門穴の上には陰的な気海穴が、下には陽的な関元穴があって、この上下(陰と陽)の中間位置にある石門穴は、この陰と陽の両座に対しての調和作用をする太極の座を占めています。それで丹田の中心を石門穴におくと、陰と陽が完璧に調和された「真気」を生成するようになります。このような理致で石門を開いて如意珠(造化珠)を探して行く呼吸法を石門呼吸法と称します。 世間には丹田呼吸法ややり方のコツを教える教室あるいは団体が無数にありますが、丹田の位置を正しく定義している所は滅多に見えません。ほとんどの関係人たちは丹田の位置を気海穴あるいは曖昧に臍の下何センチとか何寸と言っています。本道門はこんな俗化した丹田呼吸法のやり方と区別する意味で石門呼吸法と称します。 真気修練と心法当道門での修錬体系には真気修練と生気修錬を厳しく区別しています。 真気修練とは運気修錬課程にある帯脈運気から小周天と温養課程までの運気修錬において、気を経脈に流通させるきに、丹田に気を溢れるように充満させて、溢れ出る気が自ずと経脈を流通するようになることを真気修練と称し、これとは反対に意念が気の流れよりも先に立って気を引っ張って強引に引導して流通させることを生気修錬と称します。 真気修練での経脈流通は真通で、生気修練では仮通になりますが、その気の流れる刺戟感(気感)は真気も生気もその素は同じ光りであるから、その感覚的差は全くありません。 真通と仮通の見分け方は能力者による透視と、その他には温養修練課程の成否で判断できます。帯脈運気と任・督脈運気(小周天)を生気で仮通した場合は温養課程が絶対に不可能になります。 温養課程を履修すると任・督脈は真気の自然的蘇生処となって、その後の全課程は自然と真気で進めるようになります。 真気修錬には心法を用います。心法とは心の使い方で、運気をするときに、ある目標(例えば、督脈に真気を流通させるとの)の意志を強く心に刻んで頭では忘れることで、潜在意識の作用で気が自ずと流通するようになる方法です。即ち、潜在意識(方向性のある)を用いることで、これが真気修錬の心法です。 修錬者の一心が盛られている玄妙な「心法」の理致によって人間が神に成ることができ、光の世界に入って心の根元を見るようになって、心を自由自在に使うことが出来ます。 即ち、石門呼吸を通じて心法を完全に覚ると、心を満たすとか空けることが自由自在にできます。
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